ウェブ連載 00 上原和美
こんにちは、WATARASE Art Project 2007 実行委員会、広報の上原和美です。この度、ウェブにて参加作家を紹介する連載を始めることになりました。この連載ではわたしが一人一人と対話を重ねながら、その一部をウェブに公開していきます。作品やブログとはまた違った角度から作家の姿を見て頂けたら嬉しいです。
はじめに、わたしについて少しお話します。わたしはこのプロジェクトにて企画運営や広報を担当しており、造形活動をしているという訳ではありません。現在、東京藝術大学美術学部芸術学科の二年次在籍中で、現代芸術と美学を勉強しています。普段は都内の美術館でアテンダントとして働きながら様々なアートイベントやプロジェクトに関わらせて頂き、瀬戸内海・直島などの地方プロジェクトのお手伝いもしてきました。まだまだ経験も勉強も足りずほんの断片に触れたばかりではありますが、今まで関わってきた活動を経て出会ったこのWATARASE Art Projectは、他とは全く異なる可能性を感じさせてくれました。
それは今までに感じたことのない胸騒ぎのようなものです。
WAP(WATARASE Art Project)には完全な運営者というものが存在しません。作家自身が運営者であり、基本的には自らの表現のために自らが動くことでプロジェクトが進行していきます。時に厳しさや困難さを伴いながらも、作りたいという気持ちがあるからこそ成立する企画です。中途半端な意識ではいけないと思いました。今まではどこか甘えた気持ちがあったけれど、ここでは本気にならないとやっていけない。改めて自らの制作や文章と向き合うことを余儀なくされたと共に、「作りたいから作るのだ」という、表現者として最も大切な気持ちを自分の中に見出すことが出来ました。
何かを生み出すことは苦しいものです。不安や苛立ち、焦りが常に付きまとい、ただ悩み続けなければいけないことも多くあります。わたしたちのように若い作家なら尚のことそうなのでしょう。けれど同時に、これ以上楽しいことをわたしは知りません。
そして、わたしは、わたしたちは、作らずにはいられないのです。
わたらせという地に出会って、WAPのメンバーと出会って、わたしの頭の中は次から次へと浮かんでくるたくさんの考えでいっぱいになりました。じっとしていることが出来なくなって、ふと脳裏をかすめるイメージを追いかけては忘れないようにノートに書き留めました。何気なく読んでいた本の行間からアイディアが溢れ、眠りに落ちかけた瞬間に何かを思いついて飛び起きることもありました。自らの手を動かさずにはいられない衝動と、そしてそれに対する尽きない苦しみと、そしてその二つが相俟って生まれる、胸騒ぎ。WAPでの活動を始めてから、わたしの胸はいつもざわざわと音を立て続けています。
当プロジェクトを通じて、参加作家と来場者、そして支えて下さった地元の方々の中に、何か一つでも熱いものを残すことが出来たらと思っています。8月12日からの本会期まで、この連載を読みながらWATARASE Art Project2007を楽しみに待って頂きたいです。
トップへ ↑ウェブ連載01 田中千香子
「向こう側に行ってみたい、っていう気持ちが、すごく強いんですよね」
田中はそう言うと、あはは、と笑った。WATARASE Art Project 2007 の前身となる「わたらせ渓谷鉄道アートプロジェクト」(2006年10月開催)にも参加していた田中は、初参加のメンバーが多いWAP 2007 においては中心的な役割を果たし、積極的にプロジェクトを盛り上げている。
顔中に広がる笑顔はとても感じが良く、「人見知りはしないタイプ」と自らが語る通りの親しみやすいキャラクターを感じさせる。誰とでも友達になれる明るい性格だが、WAPを始める前までは他人と一緒に制作をするということはなかったのだと言う。
「それまではアトリエで一人で絵を描いて・・っていうことしかしなかったから、こんな風に皆で共同生活をして、地元の人たちと関わって、って言うのは初めての経験だった。」と田中は語る。プロジェクトメンバーでリノベーションした家で共に寝泊りをしながら、自らの足で歩いて作品を展示する場所を探す。良いと思った場所があっても、交渉が上手くいかなければ展示は出来ない。生活している人が居る中で制作するということはアトリエでの制作とは勝手が違う。人と関わっていくことが不可欠である。そうした経験を経て、作品にも、田中自身にも、変化が現れた。「人間を描くっていうことがなかったんです。でも前回のWAPで本当に久しぶりに、人間というものを描いた。あれはおすもうさんという記号的なものだったけれど、それでも大きな変化だと思う。人に興味がわき始めたのかな。」
2006年のわたらせ渓谷鐡道アートプロジェクトでは、足尾駅にある小さな小屋の壁面に絵画を展示した。小屋の内部の三つの壁は、鮮やかな色彩で描かれた相撲取りと、左右の独特のモチーフが連なる絵画で覆われている。正面に配された相撲取りは圧倒的な存在感で見る者の目を捉える。仏教にも興味があると触れながら「これはお堂だ、っていうイメージがどこかにあったのかも」と語る田中の言葉通り、この小さな小屋における相撲取りの求心力は、ある種の精神性を感じさせるような空間を作り出していた。
「絵に囲まれた空間を作りたい」という田中は、今年度のWAP2007でも小さな空間を舞台に作品を制作する。今回田中が使用するのは、大間々駅近くの旧・桑原利平マンガン工場の横にある使われていない風呂場。その壁面に直接絵を描いていくのだと言う。今回初めて、紙やキャンバスという枠組みの中で描くのではない制作に挑戦する田中。この場所を選んだきっかけは、その綺麗なブルーの壁に惹かれたからだった。 「作品の世界に入り込みたいんですよね。向こう側に行ってみたい。だから作品に囲まれた空間を作りたくなるんです。絵の中に入りたい。このお風呂のブルーを見ていたら、どこまでも広がっていくような気がして、ここに桃源郷のようなものを作れたら、と思いました。」
相撲取りのお堂から、風呂場の理想郷へ???。 田中千香子の世界は広がっていく。
トップへ ↑ウェブ連載02 的場順平
「価値を見失いがちな世の中だから、せめて自分が何を楽しいと思うかくらい分かっておきたい」
WATARASE Art Project 2007の代表を務める的場。
「代表って言っても何もしてないけど」と笑う横顔はどこかへらへらと調子良くふざけているようだが、それでも話し始めればしっかりとした熱い考えを持っているのが分かる。2006年開催された「わたらせ渓谷鐡道アートプロジェクト」に引き続き今年もWAPに参加しており、足尾駅に置かれた廃車両を宿泊施設として利用するCamping Trainの企画に携わっている。愛車のバイクに乗って東京から足尾まで行く。バイクのことを嬉しそうに話しながら、「都会の電車は好きじゃない」と語っていたのが印象的だった。
「作品は作れなくなっている」と言う言葉の通り、的場は昨年度も今年も造形作品を作っていない。
「美術作品とはこうあるべきだ、っていうイメージのようなものが崩壊しているのかも知れない。大学に入った頃はちゃんとそういうのがあって、それに向かって制作していたんだけど、今はもう無い。作品の世界に入り込めないんですよね。」
自らの内に向かうべきものを持たなくなった時、的場は作品の価値や意義について疑問を抱き始めた。
「美術作品なんて必要とされてないんじゃないかって思うんです。例えば、社会に向けて何らかのメッセージを放つ作品があるとしても、作品を制作するよりも実際に行動に移す方がずっと意味があるんじゃないかと思ってしまう。」
それでも何故、美術に関わり続けているのか。そう問いかければ「楽しいから」と答える。第三者や社会からの評価や美術の必要性については懐疑的であり、「何が正しいのか、とか、こうであるべき、とかは分からない」と語りつつ、的場は続ける。「それでもせめて、自分が何を楽しいと思うのかは見失わないようにしていきたい。美術をやっているのは、楽しい。」
的場の目は、造形作品という形態よりも先に進んだところを見つめているのかも知れない。ただ自分の考えを主張するだけの自己アピールに過ぎない作品は嫌いだと言いながら、「言いたいことを表現するだけじゃなくて、必要なのは実現力じゃないかと思うんです。」と語る。
「もっと生活の領域に関わる、現実に作用するものを。」
それはもはや、「美術」の範囲を越えて行く視点だ。的場は、「美術」の向こう側を見ている。「そういう時機は来ていると思う。きっと自分だけじゃなくて、そう感じている人は他にも居ると思います。」
的場は「美術」の限界に直面しながら、その先へと目を投げかけている。
的場順平がふと口にした「革命」という言葉が、わたしの胸の奥に今も残っている。
トップへ ↑ウェブ連載 03 門眞妙
「花輪の山は穏やかだよね」
そう言って門眞は窓辺に立った。門眞妙が作品を展示するのはわたらせ渓谷鐡道中程にある花輪駅の、今では文化財にも指定されている木造の花輪小学校だ。制作中の門眞を訪ねると夕暮れに薄赤く染まる空に山の稜線がくっきりと映し出されていた。壁には、実際の作品のイメージ作りのためのドローイングが描かれている途中だった。坂の途中にある二階の教室からは、山がよく見える。心地よい風が窓から入ってくる、静かで切ない時間だった。
門眞は昨年度のわたらせ渓谷鐡道アートプロジェクトにおいて足尾駅で上演した演劇『オマツリ』のスタッフとして初めてわたらせを訪れ、『オマツリ』終了後一人で足尾を自転車で回った。WAPを手伝うことになったのは、たまたま赤坂とバイト先が同じだったから。けれど、「一人で精錬所の方とかも行ってみて、スッゲーって感動して」気がついたら足尾に惹かれていた。「流れに乗るようにして」今年度のWAP2007では作家として作品を制作することにした。
しかし門眞が今年度作品を展示する場所として選んだのは足尾ではなく花輪である。花輪は足尾より40分程下ったところにある、わたらせ渓谷鐡道中ごろの宿場町だ。「足尾という場所には惹かれるけど、自分には強すぎると思って。」そして出会ったのが花輪小学校。「小学校という場所が自分の中のノスタルジーやセンチメンタリズムと合ってる気がしました。」というのが、この場所に決めた理由だった。
花輪小学校で門眞は布を使ったインスタレーションを制作する。表現するのは、すきとおる山。自分の出身地や父親との関係から元々山には思い入れがあったが、ある時に見た渡良瀬の山が強く心に響いたのだという。
「冬の朝、目が覚めて目を上げると、渓谷の向こうにすきとおった山が見えた。それが忘れられない。」
空は次第に闇を帯びていって、山は一層黒々と沈んでいく。門眞の手によって鮮やかで緩やかな山の稜線が描かれていく。気がつけばすっかり夜になっていて、わたしたちの居る教室の蛍光灯のまわりを虫がたくさん飛んでいた。窓閉めようか、そう言って閉めた窓に「空気の流れが止まっちゃったなあ」と残念そうにつぶやきながら、門眞は筆を動かす。
筆の後にはどこか切なく淡いピンク色の線が残っていった。
トップへ ↑ウェブ連載 04 平川恒太
「アプリポワゼ?」
「そう、アプリポワゼ」
足尾駅から歩いて数分の渡良瀬社宅の一軒を使って、平川恒太は作品を制作している。アプリポワゼとはフランス語で、“馴染みになる”という意味の言葉だ。会期中もドローイングを増やし続けていく予定だという一番奥の部屋を歩きながら、「家から好きなものを幾つか持ってきました」と言って一冊の本を手に取った。 誰もが一度は見たことがある表紙の、サン・テュグペリ作『星の王子様』。その中の一節に、キツネが「友達になっておくれよ」と王子様に声をかけるシーンがある。ページをパラパラとめくりながら、原書ではそのシーンに、この“アプリポワゼ”という単語が用いられていると平川は語った。
「テーマはアプリポワゼなんです。」
言いながら、別の部屋に入る。押入れの中で、光を受けて影がゆらゆらと動いていた。「昨日、こっちで本物のシカを見て。すっごいオーラっていうのかな、力があって・・・思わず「シカだ!」って叫んじゃった」と笑って、シカの絵を描いたアクリル板をくるくると回す。そのたびに光と影が交差し、美しい模様を作りながら変化していく。
平川にとって一つの重要なキーワードは、「対話」である。
「人との対話、自然との対話・・そういうものが希薄になってきているような気がして。」
隣の部屋に入り電気を消すと、薄暗い闇が辺りを覆った。今ではもう使われていないこの家の空間が、にわかに自分とは遠く思えてくる。制作中の平川を訪ねてここに入った時には、まるで友人の家に遊びに来たかのような親近感を覚えたはずなのに。気がつけば、不思議な音が部屋を満たしている。友人とのコラボレーションで作ったという音は、「闇とか、空間を感じることができるようなものを、と作りました」静かに響く音に身を委ねていると、この部屋と自分とが再び繋がれていくような気がする。まだ作業中の部屋には、一週間後には天井から降り注ぐ光と“贈り物”が溢れるのだと、平川はゆっくり語った。アプリポワゼ、その不思議な言葉が舌に残す余韻を感じながら、わたしは自分が対しているものについて考えていた。
アプリポワゼ【apprivoiser】
1.(動物を)飼いならす
2.(人と)慣れ親しむ
ウェブ連載 05 田村未央
「かぶとまん」—— それは、田村未央の作品に登場するオリジナルのキャラクターである。
かぶとまんは、かぶとむしをモチーフにした正義のヒーローだ。格好良い必殺技やビームは出ないけれど、頑張っている姿が人々を励まし、子供たちを守る。
待ち合わせに現れた田村は、かぶとむし模様のTシャツに、かぶとむし模様のバッグを持ってにこにこと微笑んでいた。田村がかぶとまんを作品に使い始めたのは去年の夏からであるが、それまでは特に熱狂的なかぶとむしマニアという訳ではなかったのだという。かぶとむしが好きかと問えば、田村らしい答えが返ってくる。
「かぶとむしは好きだよ。かぶとまんに似てるから。」
田村にとって、かぶとまんとは何か。「芸術とかよくわからなくて、言葉でうまく表すことも苦手で・・・でも、かぶとまんを通してなら、言いたいことが言えるんです。」
これまでも、アニメーションや木彫、写真でかぶとまんを作り続けてきた。そして今回ももちろん田村が制作するのは、かぶとむしである。
大間々駅近くの、岡直三郎商店石蔵。その中に11匹の赤ちゃんかぶとむしのぬいぐるみがかくれんぼをする。かつては醤油業を営んでいた蔵にちなんで、かぶとむしたちは大豆の形をしている。なるほど、言われてみれば、芽の生えた大豆とかぶとむしはどこか似ているのかもしれない。豆は種を連想させ、赤ちゃんのイメージにもつながっていく。
先日ニュースを騒がせた熊本県に導入された“赤ちゃんポスト”。三歳児のこどもが預けられたことが話題になった。父親に連れてこられたその男の子は、職員に対してこう言ったそうだ。
「かくれんぼ、してるんだ。」
その言葉を知ったとき、田村はショックを受けた。かくれんぼ—— そこから作品のコンセプトが決まっていった。田村の出身地であり、今回の会場でもある群馬県にもかつて「天使の宿」という施設があった。そこにいたこどもたちの数は11。WAP2007において田村の制作する11匹のかぶとむしは、このこどもたちと同じ数だ。
元々実家から近いということもあるのだが、田村はほぼ毎日石蔵の中で制作をしている。「家で出来ることでも、出来るだけここでやるようにしてるんです」土の匂いがする石蔵の中には、蔵の中に入っていた樽が田村の手によって配置しなおされている。「この前の大雨の日は水が入ってきて大変でした。何か対策しなくちゃ」と笑いながら、近くのぬいぐるみを抱き上げて続ける。「なるべくここに居たいんですよね。この子たちを放っておけないし」
夜に近づけば明かりのない石蔵の中は闇に包まれていく。19時に近い大間々の空はすっかり暗くなり、もう蔵の中はほとんど見えなくなり始めていた。
田村は奥に続く闇を見つめながら、「早くかくれんぼが終わればいいのに・・・」とつぶやいた。
トップへ ↑ウェブ連載 06 田中健吾
「都会の電車は都市に付属しているけれど、ここでは鉄道に町が付属している。」
神戸駅からすこし離れた石材工房跡。ランタンを届けるために、制作途中の田中健吾を訪ねた。実はわたしはこの日まで、この石材工房跡を訪れたことがなかった。見慣れた足尾や花輪の風景とは違う、神戸の自然。鉄道の車窓からいつも何気なく見降ろしていた渓谷の情景の中に迷い込んで戸惑い、WAPオリジナル風鈴に道順を教えられながら、まるで隠れ家のような工房の中へおそるおそる足を踏み入れる。
「ランタンないと、夜は作業できなくなるから」奥から出てきた田中が、ランタンを受け取りながらあっけらかんと言った。今ではもう使われていない工房は、電気もガスも通っていなく、近くには商店もなければ民家もまばらだ。「神戸組はみんなタフ」そう言って田中はにやりと笑う。「今のメンバー以外の人が神戸で制作することになったら、かなりのストレスだと思うよ」それほどに神戸の環境は厳しい。携帯電話の充電ひとつするためにも発電機を動かさなくてはいけないのだと話しながら、田中は制作途中の作品を見つめて煙草の煙を吐く。
「でも、自分にはこの場所が合ってると思う。」
神戸の空は高く、濃い。深く鮮やかな空色に白い雲が浮かび、“まるで絵のような”コントラストを作り出す。眼下には渡良瀬川が流れ、目をあげればそれと並行してわたらせ渓谷鐡道が走っている。二つの中間にあるこの石材工房跡に、田中は両者に並ぶ一本の橋を作っていた。
「わたらせ渓谷鐡道は桐生から足尾までをつないで走っているけれど、“つなぐ”、接続というキーワードから、橋を連想した」
こんなにデカくなる予定はなかったんだけどな、と言いながら見つめる先には石材工房の入り口にまで長い橋の骨組みが続いて行く。わたらせ渓谷鐡道と渡良瀬川とに並行して伸びる橋。
「元々作品はたのしんで作るようにしているんだけど、」
どこまでも青く抜ける空と、幾重にも重なり厚みを作る緑の中で、田中の作っている橋がしっかりと浮かびあがっていた。「これは今までの中でもかなりたのしく作れてる」
「バーベキューの時にはここに板渡したらテーブルになるし」相変わらず飄々とした表情で言う田中に、せっかくの作品なのに良いのかと問えば、にやりとした笑みと共に答えが返ってくる。
「テーブルがあれば、対話が生まれるじゃん。人と人が話せるでしょ。それも、“つなぐ”っていうことなんだよ」
ここはイタズラしがいのある場所だ、と言いながら、会期が始まって二日目になっても田中は作品制作を続けていた。「完成は16日くらいかな、わかんないけどね」
神戸の自然と、少し隠れた石材工房跡。わたらせ渓谷鐡道。渡良瀬川。 焦る様子も悪びれる様子もなく、次第に迫る闇に対してランタンをひねる田中健吾の横顔は淡々としていながらもどこか楽しそうに輝いていた。
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